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昭和回顧録

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公開日:2020/11/14

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寺の梵鐘(釣り鐘)の再建

戦況が厳しくなり軍需物資が不足してくると、戦時公債の購入・貴金属の提供が強制されたばかりか、一般家庭にまで鍋・釜・鉄瓶・金属花器など、寺院にはロウソク立て・香炉・花瓶などの仏具や梵鐘などの供出が強制されました。

昭和18年冬に、各務原市内の寺の梵鐘が大八車で国鉄の駅に集められ、四日市の鋳造工場に送られました。

1782年(天明2年)、蘇原持田町を流れる正福寺川上流のブンゾウ野で鋳造された同町の西嚴寺(さいごんじ)の梵鐘も供出されました。エナメル色の陶器製の花瓶・ロウソク立て・香炉が今も寺にあること、半鐘が昭和22年製であることからすると、仏具も半鐘も供出したようです。

鐘のなくなった鐘楼は倒壊を防ぐために、御影石で作った梵鐘や大きな岩をつり下げた寺がありますが、西嚴寺は竹籠を作りその中に石を詰めてつり下げ、バランスを保ちました。

終戦後、溶かされず残っていた鐘が帰ってきた寺もありますが、西嚴寺には戻って来ませんでした。そこで、昭和23年1月に門信徒から寄付を集め、三重県桑名の冶工(鋳物師)中川祐次の作により、新しく梵鐘を鋳造しました。

858年(天安2年)の銘のある比叡山の国宝の梵鐘(後に京都市岩倉大雲寺蔵・現在は佐川美術館所蔵)をモデルにし、天女が舞う姿と、村一番の能筆家の小川誠一さん(故人)の筆でお経の一節「・・・兵戈無用(兵士も武器も要らない)・・・」と鋳造の銘が陽刻された鐘には、住職や門信徒の「もう戦争は絶対にイヤだ」という平和への強い願いが込められています。

 

ニュースイメージ1

西嚴寺の梵鐘

ニュースイメージ2

陽刻された平和を願う文字

 

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