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「カスミ網でコウモリを捕まえる」

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公開日:2025/02/20

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宅地開発などで今はだいぶ少なくなりましたが、昭和30年代には、蘇原持田町には多くの洞窟がありました。その大部分は、太平洋戦争末期に家族の避難用に掘られた防空壕(ごう)で、自宅の裏庭や近くの崖にありました。幅が1㍍、高さが2㍍程度で、奥行きは5~6㍍の小規模なものです。

戦後、防空壕としての役目を終えてからは、冬は暖かく夏は涼しく気温の変化が少ないので、サツマイモやサトイモなどのイモ類や、ダイコンなどの根菜類、屋根瓦や土管などの保管場所として利用していました。壕中の湿度が高いので、長期間置くと鉄はさび、木や竹はボロボロになってしまい、農機具保管庫としては使えません。冬にはヘビやカエルが冬眠していることもありました。

これらの防空壕は、人家の近くにあり、奥行きが浅いので、子どもたちにとっては、冒険場所にはなりませんでした。

持田町を流れる正福寺川の最上流部分、秋葉神社の祠を通り過ぎて100㍍ほど登った権現山登山道の脇に、縦2㍍、横1㍍程度の入口で、長さ=奥行きは10㍍程度の防空壕があります。一番奥まで光が届いてはいますが、壁や天井が崩れて落ちてくるような感じで、圧迫感があり、薄気味が悪い洞窟です。人家からは離れた山中、登山道脇にありますので、ここは子どもたちの洞窟探検の入門コースでした。

その登山道を海抜200㍍付近まで上がった権現山“二ツ岩”付近、尾根を少しだけ脇に反れたところにも洞窟があります。ここは、戦争中に和歌山の製鉄会社の社員で、“かい”さんという人が、夫婦で持田の民家に寄宿しながら掘っていたマンガン鉱の坑道だと伝わっています。

その場所は、登山道から目視することはできず、教えてもらわないと行けない場所です。洞窟は、幅2㍍高さ3㍍の大きな間口で、奥行きは3~4㍍と浅く、圧迫感はないのですが、転げ落ちそうな急な斜面を下りた人目につかない場所です。子どもの足で下ることは容易ではなく、この洞窟に入るだけで冒険でした。

一番怖い探検場所が、正福寺川の源流部分の谷を少し登った南斜面、木々に覆われ道もないところに、幅1㍍高さ1.2㍍程度奥行きが10㍍以上ある洞窟がありました。崩れそうでジメジメしており、中は薄暗く、光が届かないので、手探りで進まなければならず、入るだけで勇気がいります。しかも、洞窟奥にはコウモリが住み着いており、不意に飛び立つコウモリは恐怖でした。

洞窟の暗さに慣れてくると、素手でコウモリをつかんで捕まえました。上手につかまないと、くちばしでかまれることもありました。

当時、カスミ網は駄菓子屋にも売っている時代でした。その網を坑道の入口に張っておいて、入口から奥に向かって小石を投げつけると、コウモリは驚いて飛び出してきたので、容易に捕らえることができました。捕ったコウモリは家に持ち帰り、足にたこ糸をくくり付け、飛ばして遊びました。(小川高義さん談)

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権現山登山道の脇の防空壕。土砂が崩れ危険なので、今は柵が設けられている

 

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