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光秀ゆかりの地に「義弟」案内看板製作!! 山県

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公開日:2023/11/24

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戦国武将・明智光秀ゆかりの地として知られる山県市美山地区・富永の「義弟・明智孫十郎の墓」に、地元・美山中学の生徒らが明智孫十郎の生涯を紹介した案内看板を製作、設置しました。

案内看板を製作したのは、美山中学2年生の林千加さん(14)と長屋快良さん(13)の2人。職業体験で10月23、24の両日の午前8時45分~午後4時まで、「孫十郎の墓」に隣接する建設会社「キミドリ建築」で作業をしました。「社会や歴史の勉強は好きな方」という2人は、23日には孫十郎を紹介する文章を探し出し、案内板となる木材にレーザー加工機で文字を刻みました。

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2人とも普段、パソコンはワープロなどで使っていますが、CADソフトを使うのは初めて。しかも、加工機は一字一字刻んでいくため、木材の大きさと文字の書体や大きさ、行間なども計算して決めなければなりませんでした。縦文字の書体と行間を決めたものの文字数が限られるため、参考資料の内容を要約して300字程度にまとめました。恩田吉行代表の指導を受けながら、CAD用のパソコンで一字一字、文字画像を作る作業の連続でした。

しかし、文章が完成して、大きな加工機が動き出すと、自動ですごいスピードで文字を刻んで行く様子を見て「早くて感動した」と2人。
2日目は、60センチ四方のスギ板を5角形に切り出し、切妻型の屋根を付けました。さらに支柱を作り、高さ2・6メートルの案内板を完成させました。

 

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【明智孫十郎】元々は恩田孫十郎という名で、改名して明智姓を名乗ったといわれています。明智光秀の「義弟」として伝わっています。詳細は判明していませんが、地元に残る系図などによる伝承では、現在の山県市富永地区出身で、美濃国守護・土岐頼芸に仕えました。土岐家滅亡後は浪人として諸国を巡り歩くなかで、同じく諸国を遍歴していた明智光秀と出会いました。「義弟」とされるのは、光秀の側室が孫十郎の妻の姉に当たるとのことからという説があるためです。丹波の領主となった光秀の配下として1万2000石で召し抱えられ、明智姓を名乗ったなどの説もあります。孫十郎は「本能寺の変」では、本能寺攻めに参画し、信長自害後、信長の長男・織田信忠が立てこもる二条御所に攻め入り、その戦闘の中で討ち死にしました。42歳でした。

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